私たちスタッフが認知症の方にできること
皆さまこんにちは。
先日、認知症実践者研修の一環として、グループホーム「アシストハウス」にて施設実習をさせて頂きました。
「アシストハウス」は2ユニットの施設で、平屋建てのユニットとユニットの間、ちょうど真ん中に共有スペースのリビングがあり、その横に正面玄関があります。
朝8時半過ぎ、朝食が終わった頃の時間帯でしょうか、私はスタッフの方にご案内頂き、その正面玄関からリビングに入りました。そこでまず感じたのは、とにかく入居者されている方々が活気に満ちているということでした。朝食後の食器を洗う方やテーブルを拭く方、スタッフの掃除機がけと一緒にほうきで床を掃いている方、ごみを集めている方... 話し声と笑い声が溢れる中、皆さまそれぞれに動かれ、まるでたくさんの親戚が集まる祖父母の住む家に里帰りしたような、懐かしい感覚を受けました。
後からホーム長さまにお聞きしたのですが、グループホームの中では時間や空間の制限は一切なく、基本的に皆さま自由に過ごされ、調理や掃除等も特に役割が与えられているわけでなく、入居されている皆さまが自発的に行っているとのことでした。
スタッフの役割は、入居されている皆さまお一人おひとりが、自分らしく生活する為に長年培ってきた技術や経験を活用出来るよう、そっとお手伝いさせて頂くだけでよいということを教えて頂き、私は大変感銘を受けたのですが、この後に何気なく行なってしまった自分の行動に、実は何も理解出来ていなかったことに気づかされました。
皆さまがお昼ご飯を召し上がっている時、お客様の間でいくつかの小さな言い争いがありました。それ自体は、人が一緒に暮らしていれば日常的にありうる事だと思います。少しすると皆さま落ち着かれ、また食事を始めたりテレビを観たりと、お昼の時間をゆっくりと過ごされていました。そして、食休みの後に皆さま自分の使った食器を片づけ、そのまま洗い場へ入る方やテーブルを拭く方と、朝食後のようにそれぞれ動き始めました。しかし、すでにテーブルを離れて自室へ戻られた方や散歩へ出掛けた方もいらっしゃり、いくつかテーブルに食器が置かれたままになっていました。そこには先ほど言い争いをされていた方の食器も残っていました。それを見た私は、お手伝いのつもりで置かれたままの食器を洗い場へ持っていこうとしたのですが、ホーム長さまに「ちょっと様子を見ていて下さい。」と制されました。私はその意味を理解出来ないまま言われた通り少し離れた場所で様子を見ていました。すると、先ほど言い争いをされていた方が食器を下げに来ました。と、同時に一旦部屋に戻っていた言い争いの相手の方もリビングまで戻って来られました。そして、食器を洗い場まで持って行き、その後、お二人は何事もなかったようにお話をされていました。
それは、仲直りという明確な理由があっての行動ではないと思いますし、もしかすると、さっきまで言い争いをされていたことさえ忘れてしまっていたのかもしれません。また、残された食器が誰のものかも分かっていなかったかもしれません。ですが、私は「置きっぱなしの食器」を介して、その時お二人の間に新しい関係性が構築されたのではないかと思いました。もし私が食器を片づけてしまっていたら(介助する側の勝手な思いやりを押しつけてしまっていたら)、お二人は言い争いをされた時の嫌な気持ちだけが心に残ってしまい、わだかまりがとける機会を得られなかったかもしれません。
私たち介助する者が気を回して安易に手を出してしまうことは、認知症ケアとしては望ましくなく、認知症の方々が自然の流れの中で人間関係や生活を営んでいけるよう、そっと手助けをすることが望ましい認知症ケアであると、ホーム長さまの細やかな配慮から気づくことが出来ました。そして、ホーム長さまをはじめとするスタッフ皆さまのそういった心くばりが、「アシストハウス」でご生活される方々の笑顔や活気に繋がっているのだと、深く感じました。
実習を受け入れて下さった「アシストハウス」に入居されている方々、そして、スタッフの皆さま、貴重な気づきの機会を頂きまして、本当にありがとうございました。
グループホームふくしのまち鶴ヶ岡
管理者 高橋豊明






















