福祉の街 社長ブログ

第二の故郷「埼玉県」 ~私にとっての埼玉県の意味合い~ 

9月に入り、当社は今月中旬に、20年間お世話になった東松山市から、さいたま市大宮区に本社を移します。私も5年前に入社して以来、東松山市に慣れ親しんできました。長年お世話なった地元の方々に心からお礼申し上げます。

 

ところで関西人の私が、埼玉県の住人になり、そして埼玉県の企業で仕事をすることは、かつて露程も想像していませんでした。私には、「埼玉県は武蔵・武州の地」「東京を越えて、坂東平野の遥か彼方の地」というイメージしかありませんでした。しかし今は埼玉県に愛着を覚え、私の第二の故郷と思っています。 

勿論「住めば都」ということもありますが、近頃は「埼玉県は私が生まれ育った奈良・京都に共通する点が多く、私が埼玉県に居るのも何かのご縁ではないか」と思うようになりました。

 

(政治・文化)

当社創業の地「武蔵嵐山」は、付近の渓谷の景観が、京都の嵐山に似ていることから命名され、1967年には町名も「嵐山町」に改名されました。また和紙のふるさと「小川町」は、武蔵の小京都と呼ばれ、毎年夏には「祇園祭」と呼ばれる伝統ある祭りが催されます。

しかし・・・埼玉県には、華やかな京都よりも、どちらかと言えば長閑な奈良に近い風情を感じるのです。例えば古墳です。現在の本社近くには、「吉見の百穴」があります。少し先の行田市には「埼玉古墳群」があります。いずれも大和・奈良が政治の中心であった5世紀末から7世紀にかけてつくられました。突如として畿内に匹敵する前方後円墳が現れたことから、埼玉古墳群は安閑天皇から武蔵国国造に任命された笠原直使主の墓ではないかと推測されています。

また『続日本記』という歴史書によると奈良時代、朝鮮半島の紛争で亡命してきた渡来人を、武蔵国に集めたと言われています。当時渡来人・渡来文化が、日本社会の発展と国家体制の確立に大きな役割を果たしました。国の「重要無形文化財」である小川町の和紙も、古墳から出土される埴輪や鏡なども、渡来人の技術によりもたらされました。このように千四百年前、すでに奈良と埼玉は深く関係していたのです。 

埼玉古墳群

埼玉古墳群(埼玉県さきたま史跡の博物館ホームページより)

 

(地形・自然) 

 また地形的には、埼玉県は奈良県と同じく海がありません。埼玉県の特徴としてよく言われるのは、奈良県と同じく災害が少ないことです。奈良県では、世界最古の木造建造物である法隆寺・金堂が1300年も立ち続けており、地震の多い日本にあって驚くべきことです。埼玉県も比較的地震被害は少なく、総務省が公表している「都道府県別自然災害発生状況」のいずれのデータをみても、自然災害が少ない県と言えます。

道府県別自然災害による災害被害額(百万円)

 

全国

261276

1

福井県

13

2

香川県

13

3

東京都

26

4

大阪府

41

5

岡山県

132

6

埼玉県

170

7

山梨県

179

8

広島県

220

9

兵庫県

299

10

滋賀県

457

11

佐賀県

505

12

愛媛県

517

13

山口県

539

14

奈良県

583

43

青森県

12259

44

富山県

13949

45

新潟県

17914

46

岩手県

24242

47

宮城県

110882

総務省 2011年公表(2008年データ)

 

(交通・経済)

そしてもう一つ共通点があります。それは奈良県も埼玉県も、現在の都(首都圏は東京都、近畿圏は大阪府もしくは京都府)の隣に位置しています。両県とも都のような洗練さには欠けますが、交通や経済という面で要衝にあります。埼玉県に関して言えば、大宮が東北・上越・北陸新幹線の分岐点になっており、また関越、東北、常磐自動車の大動脈が県内を南北に縦断しています。今や埼玉県は北関東だけでなく、北海道、東北、信越、北陸地方への交通の起点となり、過去10年間の企業転入超過数全国一位、物流拠点候補地全国一位と、多くの企業が埼玉県に進出してきています。(出典:埼玉県知事記者会見資料から)

 

(私にとっての埼玉県の意味合い)  

 振り返って考えてみますと、私どもの創業者安藤は、介護保険創設以前より、手弁当で埼玉県や東北地方の在宅介護事業者に経営指導を行ってきました。阪神・淡路、新潟・中越、東日本の三度の震災の際には、当社が中心となって埼玉県ならびに全国の事業者に声掛けし、共に支援活動を行ってきました。これらは安藤の福祉・介護事業への熱意、責任感に因るものですが、一方で自然災害が少なく、国政とも近く、交通的には東日本の要衝である恵まれた埼玉県であったらこそ為しえた、とも思うのです。

 

 

 かつて集まった渡来人が、武蔵国そして日本の発展に貢献してきたことを想う時・・・大宮への本社移転により、一企業の事業的な意味合いを超えて、「行政とも連携を密にし、医療・福祉・介護に関係する方々との輪を拡げ、共に埼玉県そして日本の発展に貢献していく」という社会的責任がより求められるのではないか。この機に改めて「私にとっての埼玉県の意味合い」を考えさせられた次第です。

平尾雅司