福祉の街 社長ブログ

沖縄県の高齢化・介護問題から~未だ抱える戦争・戦後の影響~

 

今年初めてのブログになります。今年もよろしくお願いします。

 

さて私は年始の合間をぬって、沖縄に行ってきました。沖縄・那覇は私の父が生まれ育った地であります。私にとっては15年ぶりの沖縄でしたが、この間那覇空港も新しくなり、またモノレールもでき、那覇はすっかり変わりました。一方で変わらないのが、空気の感触、潮の香り・・・・・・空港に降り立つとなぜかほっとした気持ちにもなります。今回の旅行で初めて、糸満市にある「ひめゆりの塔」に行ってきました。戦争の悲惨さというか、なぜ高等女学校の生徒たち一般市民が、命を落とさなければならなかったのか・・・。平和の大切さを改めて噛みしめました。

ひめゆりの塔

  (ひめゆりの塔)

ところで埼玉に戻って、私は仕事柄沖縄県の介護保険について、少し調べてみました。いくつかの文献から・・・以下に特徴的な点を記述しますが、沖縄県特有の問題が見えてきます。

 

(沖縄県の高齢化・介護の特徴)

    高齢化率(18.4%)は全国で最も低い。

・沖縄戦で多数の県民が戦死し、結果的に今の高齢者人口が少なくなった。

・出生率(1.94)が他県に比べ高い(41年連続全国1)

 

    しかし、一人あたり介護保険給付費が31万円と全国で最も高い。

・沖縄はかつて日本一の長寿県(女性は2010年、男性は1985年以降首位陥落)であったことから、高齢者の中で、要介護状態になる可能性の高い後期高齢者の割合が高い。その結果、要介護認定率は全国平均より高くなっている。

・沖縄では本土復帰に伴い、沖縄振興開発法により福祉・医療関係の施設整備に特別の補助が行われてきた結果、沖縄県の介護施設の整備状況は全国でもトップレベルにある。全体的に病院や介護施設の多い西日本は介護給付費も高くなっている。

   

    よって、介護護保険料(沖縄県平均月5,880)は全国で最も高い。

 

    一方所得が低く、保険料未納が多い(介護保険料収納率96.7%と全国最下位)。

・保険料が高い一方で、1人あたりの県民所得は、沖縄県は全国平均の70%程度(年収202万円)で最も低い。

・また高齢者の受け取る年金額も、本土に復帰以前は公的年金制度に加入できなかったことから、加入期間が短く支給額は低くなっている。

 

 ・結果として、保険料未納が多い。 

全国平均

沖縄県

埼玉県

高齢化率(2013

24.1%

18.4%(47位)

23.0%(42位)

男性平均寿命(2013

79.59

79.40(30位)

79.62(23位)

女性平均寿命(2013

86.35

87.02(3位)

85.88歳(42位)

特殊合計出生率(2013

1.43

1.94

1.33

1人あたりの介護保険給付額(2012

24.8万円

31万円(1位)

19万円(47位)

月額介護保険料

(20122014

4,972

5,880円(1位)

4,506円(45位)

介護保険料納付率(2011

98.5%

96.7%

98.2%

1人あたりの年間所得(2012

279万円

202万円(47位)

291万円(17位)

(厚生労働省資料以外に参考にさせていただいた文献)

沖縄県の高齢化と介護保険事業の実績と課題(黒栁晴夫氏著)

・「施設」に翻弄される沖縄の介護保険(油井雄二氏・田近栄治氏著) 

 

(未だ抱える戦争・戦後の影響)

沖縄県ではこのような状況を踏まえ、保険者の広域化をすすめ財政規模の拡大を図るなど、保険財政の安定化に努めてきました。しかし、今後、高齢化率の低かった沖縄県でも急速に高齢化(2040年には高齢化率30.3)が進んでいきます。また、現在平均寿命男性は30位・全国平均以下(79.4歳)、女性はかろうじて3(87.02)と下がってきており、その原因として介護につながる生活活習慣病があげられます。これは戦後の食生活の欧米化(ファーストフードなど)や車社会による運動不足に起因しています。今後の見通しはかなり厳しいものがあります。

 

このように考えると、「高齢化・介護問題は地域格差がある」という一般論や関心を超えて、沖縄県は私たちには無い特有の問題を抱えていることがわかります。すなわち、介護問題一つとってみても、戦争(→人口構成)、米国統治(→年金所得問題→未納)、日本復帰(→補助金による施設投資→高い介護給付額)、そして食の欧米化(→生活習慣病→寝たきり・介護)と、戦争・戦後の影響が未だ続いているのです。私たちはこれらのことを知らずに「戦後は終わった、過去のこと」と簡単に片づけてしまいがちですが、沖縄県の方々は今も、基地問題等目に見える分野だけでなく、目に見えない様々な分野でも戦争・戦後を背負っているのです。

 

私たちはこのようなことをきちんと認識した上で、基地移転問題なども関心をもって一緒に考えていく必要がある・・・・そして介護問題など自分の範囲で沖縄にできることは何かないか・・・・今回の沖縄旅行を通じて、このようなことを考えさせられた次第です。

平尾 雅司